佐久市蓬田 (平成21年7月30日)
東経138度24分04.32秒、北緯36度16分22.24秒に鎮座。![]()
【狛見倶楽部 佐野支部 クマちゃん通信員より】
神社は、国道141号線を北上、浅間中西信号を左折して44号線を進み、蓬田地区道路沿い右側です。昭和10年の狛犬が居りました。随身門があり、武官姿の隋身像がおいてあります。拝殿、本殿の彫刻もなかなか見事でした。室町時代の旧本殿高良社が国指定の重要文化財です。神社入口のどっしりとした燈籠は、宝暦6年に奉納されたものです。
八幡神社由緒
御祭神:應神天皇・神功皇后
由緒
創建年月未詳なれど、伝承に貞観元年滋野貞秀公によるといわれ望月三郎公は鬼門除の神として信仰されたという。「吾妻鏡」に「佐久八幡宮御前二十騎」とあるを見ても当時の武将の崇敬の厚かった事が偲ばれます。
延徳三年滋野遠江守光重公建立の棟札に「仰彼八幡宮之其始雖送数百歳更不知建立始爰」(数百年たつようだが建立は、分からない)とあり、又「建立始望月御牧中悉致本意云々」とあり当時御牧七郷の総社として七郷住民総発起の形で建立された事が考えられる。その後、天正五年武田信玄の臣武田左馬助豊公、滋野印月斉公、馬場遠江守重信、息女弥保姫等によって修理。寛文四年酒井日向守公葺替。・・・・・省略・・・・・・
御神徳は古くより地方の守護神として殖産興業、武神縁結び、その他深く厚く各方面の人々に重く崇敬されています。
境内説明文より。全文はこちら。
中山道八幡宿の中に建つ神社です。やわたじんじゃと読むのでしょうか。幕末この道を通った、皇女和宮も、ここの八幡宿本陣に泊まったそうです。
八幡宿(やわたしゅく)とは、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十四番目の宿場である。
現在の長野県佐久市八幡。千曲川の西岸にあたり、対岸の塩名田宿との距離は1里もないが、川止めになったときの待機地として、また千曲川沿いの米の集散地として江戸時代初期の慶長年間に整備された宿場である。
『ウィキペディア(Wikipedia)』より。
神社入り口と社号標
二の鳥居
強面の親父顔ですが良く出来た狛犬です。拡大写真はこちら。
(昭和10年(1935)建立)
二の鳥居の後ろに建つ随神門。解説はこちら。
随神さん
瑞垣門
拝殿。拡大写真はこちら。
本殿。拡大写真はこちら。
高良社。拡大写真はこちら。
境内の末社と石祠
宝暦6年の燈籠