閑静な山里如来田の地にあって、豊後国泉福寺の開山無着禅師の法弟天真和尚により、応永元(1394)年に開基きれました。
 寺名は天真和尚が英彦山より袖に入れて持ち帰ったと伝わる「たもと石」と呼ばれる瑞石によるとされ、その形から「烏帽子岩」ともいわれています。この石はもともと門前の田中にありましたが、現在は山門左手に祀られています。
 当寺は江戸時代には筑前国藩主小早川隆景、黒田長政より尊信をあつめ、隆景の時に山林二十万坪の寄附を受け、黒田氏に代わっても先例の通り寺産があったことを古文書などによって知ることができます。
 この他瑞石寺には、李朝初期の作ときれる華厳釈迦図や十六羅漢図などの文化財や古文書が数多くあります。
(ずいせきじ
今後、瑞石寺のページの充実化を図ります。ご期待ください。
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○ 交通手段  
       JRバス停(宮田・飯塚線)脇野より
       県道飯塚福間線を西へ徒歩15分


瑞 石 寺
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   瑞石寺の名の起こり

 天真和尚の創建当時、とりわけ寺号の由来にまつわる逸話として、「袂石」(たもといし)の話があります。それを紹介しましょう。

 天真和尚は、ここ丹鳳山の麓に錫杖を止めて、とりあえず一宇の道場を建てられました。そして、寺としての名前を付ける前に、彦山(英彦山)に参詣されました。山の中で、和尚は、たまたま道端にあった小石を拾い、それを袂に入れて、丹鳳山に持ち帰られました。
 ところが、門前にさしかかると、袂に入れておいた石がにわかに重くなって、地面に落ちてしまいました。しかも、その石は、たちまち大きくなって、高さも3尺5寸ばかり(約1m余り)、5、6人でかからないと動かせないくらいの重さになりました。その形は、官人(昔の役人)がかぶる烏帽子そっくりです。
 それを見た、和尚は、これこそ神霊が示された瑞兆(めでたいしるし)に違いないとして、その石を瑞石(めでたい石)とし、寺の名もそれに因んで、瑞石寺と名付けられましたということです。
              (瑞石寺誌「瑞石禅寺」発行から)
 たもと石
(これぞ瑞石寺の名の由来)
 ここは禅宗(曹洞宗)寺です。
 そこで、お寺の奥に行きますと、座禅の部屋(左写真)があります。まさに修行道場です。みなさま体験されませんか。
 左写真は、やや不鮮明ですが、
「華厳釈迦図」李朝初期の作)です。
「華厳釈迦図」の詳細説明ページがあります。)

 明和4年(1767)の瑞石寺由来書に「唐の陸王三郎の筆」としるされるもので、縦143p、横110pの布地の大画です。
 慶応3年(1867)に修復、朝鮮における李朝時代の初期の作かと考えられています。 
瑞石寺誌「瑞石禅寺」発行から)


 数百年前の渡来図を前にしたとき、これまで体験し得なかった荘厳さを感じました。

 右の写真は、大学等の古文書等の研究者の方々が、平成13年10月に訪れ、当図など研究をしている様子です。各図それぞれ1時間以上になりました。
右写真:
「涅槃図

(伝上田権太郎筆)
左写真:一部拡大

 縦140p、横105p
昭和49年9月秋彼岸修復


 実に見事な美しさ、そして素晴らしい図の構成です。釈迦を囲んで、人々、そしてあらゆる生き物が、なげき悲しんでいる様子が描かれています。
宝物紹介(一部
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