◇◆◇◆◇◆◇◆☆◆☆◆━━━━━NO67・68━━━━2007/09/08・23━━━━━━

◆◇◆ メール・マガジン 

◇◆           図書館の明日をひらく

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┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 編集発行人 菅原峻 ◆☆◆

<友の会の未来を約束する十戒>
 
 <掲載趣旨>、菅原峻先生は、電子メールにて「図書館の明日をひらく」を発信してあります。そのうち図書館の友の会運営に関する「十戒」を2回にわたって発信されました。宮若市の図書館建設も間近、「図書館友の会」も活動を始めています。その「友の会」が発展することを願って作成しました。
 なお、菅原峻先生には掲載許可を得ています。
                            本HP担当者

1 代表や世話役は、任期を決め、交代の原則を立てましょう。

代表は2年くらいがいいでしょう。そして代表を選ぶと同時に、次期代表も選び<副代表>とします。もちろん名称はこれにこだわりません。なかなかなり手がないということも聞きますが、<代表>を負担に感じるようなあり方そのものに問題があるのですから、ここでも、身の丈にあった会を考えることが大切です。進んで引き受ける人もおられるでしょう。有能で、時間もあり、人望もある。それでもその人に「これ幸い」とおんぶしてはいけないのです。


2 議員や教育委員には、別の役割があります。

市会議員、町会議員には、図書館のことを理解してもらい、それぞれの立場で図書館の充実・発展に尽くしてもらいましょう。会報を手渡し、その場でお話をすることは大いに意味のあることです。議員は会員でないほうがいいのです。党派を問わず・・・。まして、議員が友の会の役員になるのは、その人のためにもなりません。教育委員も同じですし、行政機構の中の人も、直接・間接に図書館と関わりのある人は距離をおいて、それぞれの場で図書館を支援してくださればいいのです。


3 図書館長や職員は、友の会としっかり向き合ってもらいます。

友の会と図書館(館長そして職員)とは、しっかりと向き合う親しい友人なのです。「図書館長が友の会に入ってくれません」と言ってこられたことがあります。これは図書館長や職員に会員になって欲しいと考えることが間違いです。以前に「友の会は図書館監察吏ではない」と書きましたが、このことも大切です。住民の誰でもが館長室の扉を押して、「やあ〜」と話しかけることができる、それがこれからの図書館の望まれる姿です。友の会の人達も同様でしょう。そのような時に、職員の中には、「わたしたちのことを何が言っているのでは?」と疑心暗鬼になる例も聞いています。それはまだ本当の友人となっていないからですね。長く役所にいた館長の中には、住民と直に話をすることに不安を感じる人もいます。着任したその日からが、どちらにも大事ですね。職員についても同じ・・・。


4 わたしの図書館に、わたしの友の会、これが原則です。

まちに複数の図書館があれば、複数の友の会があるのです。それらの友の会がどのように手をとりあうかも大事な課題ですが、まず一つ一つがしっかり自立しましょう。会員は僅かでもいいのです。小さく生んで大きく育てることもあるでしょう。中心図書館の友の会が舵をとることはあっても、けっして先導者ではありません。図書館が3つ、4つあるけれどまだどこにも友の会はない、どうするか。その時は、条件の揃いそうなところでまず相談し、核を作ります。そうしてそれを土に下して見るのです。いい芽を期待しましょう。


5 友の会は、イコール<ボランティア団体>ではありません。

「図書館でボランティアをしている人、しようとする人たちで友の会を作りました」という例があります。だが、これは友の会ではありません、友の会とは呼んでいても・・・。図書館友の会の会員が、何かのボランティアをすることはあっていいのです。ボランティアは、言うまでもなく、個人の自由意志で、自分の能力と、時間とを、無償で図書館のために提供するのです。ですから、わたしはボランティアはしないという人も、ボランティアに積極的な人も会員でいいのです。また、図書館には、さまざまなボランティアのグループがあるでしょう。そのグループと図書館友の会は同列なのです。それぞれ目的を持って活動し、時に連携をする、それは大いにあり得ることです。

ボランティアについては、『図書館の明日をひらく』にややくわしく書きましたが、この養生訓が終りますから、つぎにはボランティアを考えてみることにしましょう。


6 どんな図書館であっても、私たちにはかけがいのない財産なのです。
 望んでもいなかったPFIや指定管理者。そしていつの間にか大勢の委託職員。こんな図書館は「わたしの図書館」じゃあない。そういってその図書館を見捨ててしまうのでしょうか。本さえ読めれば、借りられさえすればいい。あの貸出デスクの商業用の笑顔もまんざらじゃあない。そんな気持ちも責められませんが、その図書館が、「わたしたちにとって、かけがえの財産」であることを思い出しましょう。
 いまは不満いっぱいの図書館でも、それを「わたしたちの図書館」に変えてゆくことはできるのです。どうするかは、難しいでしょう。その方法を編み出すのが「友の会」なのです。市場原理主義とか、「官より民へ」も人の作り出したもの。それをあるべき姿に変えるのも人の力です。
 この図書館は、過去から引き継いだものでも、突然生れたものでも、誰かの施しものでもありません。「未来の子どもたちから預かりも」です。見捨ててはいけないのです。

7 友の会は、小なりとは言え一つの組織。会費の負担は、会員としての証しです。
 会員原簿のようなものがありますか。加除できるカード式がいいと思います。会費を受け取ったらそれをきちんと整理します。会報を届ける先も漏れのないようにしなければなりません。このようないわば事務方に徹する人が大切です。アメリカの『友の会資料集』には、入金したときのお礼状の出し方も書いてあります。いま個人情報の保護がやかましく言われます。会員名簿は作らない、作っても公開しない。それはいいのですが、会の組織をぐらぐらさせないように、最小限の会員情報は事務方でしっかり管理しましょう。
 会費をいくらにするか。それは会の運営、活動のもろもろを考え、必要な経費を全員で負担する、それが原則です。少ない会費で発足して、後から改定(値上げ?)するのは難しいでしょうから、予算をみんなでよく検討して会費も決めましょう。1年を単位に会計年度を定めます。役所は4月から翌年3月まで。会社などは、創立した月から12カ月などさまざまです。友の会には1月からの暦年がお奨めです。
 「会費はとっていません」という会があります。会員は? 運営の費用は? 組織は? といろいろ疑問がわきますが、それなりに活動を続けているところを見ると、なにかいい知恵があるのかも知れません。しかし私は、会費が会員意識の一つの具体だと考えるので、会費必要論です。そして会の中心となる人たちも、会費に見合うものを会員に還元する責任を負うのですから、そこに会としての結束も生れます。

8 友の会は、一度こけたら容易には立ち直れません。
 友の会を閉じることにしました、こんなお知らせほどわたしを悲しませるものはありませんでした。30年近くも<図書館づくり>に関わって来ましたから、こういうことは何度もありました。寄せられた会報を整理していると、途中で消えているものが幾つもあります。そして、その会が再生した例は思い出せないのです。
 考えてみると、背伸びをしたために転んでしまったのです。また、一人で重荷を負っていたために後を引き継ぐ人が出ない、そういうこともありました。身の丈に合った会が大切なのです。組織も、活動も少しずつ成長させましょう。あまり意気込まずに・・・。

9  友の会の知恵と経験を交流しあいましょう。
 図書館友の会はさまざまです。もちろん基本の考えや目標は変りません。その友の会の持つ知恵や経験を自分達だけのところに仕舞い込まないで、多くの仲間と交流し交換し合いましょう。1対1でもいいし、範囲を広げて幾つもの会が集ることもいいのではないでしょうか。会報の交換もあっていいと思います。
 この交流は、一緒になって何かをしようとするのではありません。また頻繁にやることもないでしょう。年に1度でもいいのです。そして、互いに知恵と経験とを惜しまずに出し合う、そこに仲間としての思いも深まるはずです。

10 本は図書館の命、その命を大切にするのが友の会です。
 アメリカの図書館では、除籍した図書館の本を友の会が売っているのをよく見ます。フロリダ州のオーランド市の図書館友の会は、図書館の中に友の会の部屋、それもずいぶん広いものを持っていました。そこで会員がさまざまなグッズを売り、除籍した図書館の本をかなりの数の書架に並べて売っていました。
この頃私たちの図書館でも、除籍した本を希望者に無料でわけたり、あるいは友の会が本を預かって1冊100円とかの値段をつけて売っている例があります。無料でもいいし有料でもいいでしょう。有料の場合、売り上げを図書館に寄贈します。新しい本であったり、お金であったり。
 その時、その本を廃棄本と言い、また本のリサイクルと呼ぶことに、私は抵抗があるのです。このことは「としょかん」91号(03.07)に書きました。
 「長く図書館の書架にあって町民のお役に立ってきた本です。いま新しい本に席を譲ることになりました。これからは町民の皆さんのお宅にあって、書棚があればそこにおいて、みなさんで可愛がっていただきましょう。近所の方にも読んでいただきましょう。そしてそのことを書いた可愛らしいシールを作って、お別れに貼ってあげましょう。そうしていよいよ第二の生涯も終ったら、つぎは新しい紙に生まれかわって、また素敵な本になって町民のお役にたつようになりましょう」
 親しくなったある町の図書館でそれを話したのです。すると東村山市の電車図書館の川島恭子さんから、「電車図書館ではずっと以前からやっています」と言って、手書きの7×5センチくらいのシールを下さった。メッセージは毎年違う。頂いたものにはこうありました。「ちょっと古くて、ちょっとよごれた本。あなたの前に読んだのはだれかしら。どんなきもちで読んだのかなあー。電車図書館の本として役目が終ったあと、あなたの本にしてくれてありがとう。―1993.10.24
 いまも続いているでしょう。図書館友の会は、図書館の友人です。その図書館の命である本に、愛の思いを込めて向き合いましょう。その思いがあれば、友の会も永遠です。