菅原峻氏図書館講話集

はじめに

今は、宮若市となりましたが、旧宮田町・旧若宮町は平成18年2月に合併を控え、新市のまちづくりについて関心が高まっていました。ここに菅原峻先生の講話用原稿を掲載し、宮若市の、いえ全てのまちの図書館設置に重要な参考となるものと確信し、作成しています
 合併前の原稿でありますので、ご承知の上、ご一読ください。
講話1「生涯学習とその施設を考える」は、平成15年に宮田町生涯学習推進協議会における講演原稿によって作成したものです。
講話2「新市の明日をひらく図書館」は、平成18年2月に宮田町と若宮町が合併し宮若市となることが決まっている中で、その新市建設計画に「図書館」建設が打ち出されていることから、両町民から16名のボランティアスタッフが集い、平成18年1月迄に「図書館の基本構想案」を作成しようとしていますが、平成17年7月におけるボランティアスタッフ会議の折に菅原峻先生が指導のために持参された原稿をここに掲載しています。
講話3「図書館はわたしの友だち」は、平成12年に篠山市において、図書館建設基本計画の作成の途上において、市民に呼びかける講話をされたときの講演原稿です。菅原先生の図書館に対する基本的な考えのベースのような気がします。
●講話4「図書館をはじめるとは」は、平成17年宮若のボランティアスタッフ会議においての講話録音を起こしたものです。その中で「図書館をつくる」という一般的な感覚を「図書館をはじめよう」とスタッフに説かれたことが強烈な印象を与えました。それ以来、私たちは図書館をはじめようを合言葉にしました。
 なお、全原稿とも、菅原先生の許諾を得ております。
                                          本HP作成者



    

                                        

講 話 1
  生涯学習とその施設を考える
生涯学習とその施設を考える
  
     2003年9月16日  於:宮田町  菅原 峻 氏(図書館計画施設研究所)
     =====講演者作成資料によって構成=====

  ○ 図書館の成長と変化
 1945年から数えると間もなく60年、図書館法ができてからでも50余年になります。そして今から35年か40年も前になりますが、図書館が少しづつ変わり始めました。それまでの図書館は、子どもたちの勉強部屋か、郷土史家の書斎で、ときたま新聞にのる図書館の写真は、開館を待つ学生の行列か、その子どもたちが閲覧室で机にしがみついている姿を写したものでした。それが、本を貸し出す図書館へ、買い物篭を下げて行ける図書館へと変わって来たのです。
 そうしてこのほぼ40年は、そのような変化を積み上げて来た歴史です。誰もが気兼ねなしに図書館に出かけ、ようやく、図書館の主人が納税者である住民であると、これからは、図書館の時代ですと、大きな声でいえるようになりました。
その図書館の成長、変化の様子を、資料費の推移の表にして見ました。1960年から2000年の間に、47倍にもなっています。しかし、2000年の国民1人当りは280円にしかなりません。40年前は、多分貧困という言葉も当てはまらなかったでしょう。いま280円をすべて図書購入費だとして、それを6倍しなければ本を1冊買うことができないのです。このような現実から、目をそらすことはできません。
資料費決算額の推移(億円)

 ところで、その現実は数字のこととして、実際のサービスはどのような姿になって来たかを見てみましょう。
 ・学校にあがるまえの小さな子どもも、親子でやってきます。
 ・子どもの図書館利用が、全体の半ばをこえています。
 ・子どもたちにお話をし、本を読んできかせます。これらの活動にボランティアの参加もみられます。
 ・十代の子どもたちも、本を読み、勉強し、音楽をきき、また友達同士のおしやべりを楽しんでいます。
 ・買物のついで、街に出たついでにといった、気軽な利用が目につきます。
 ・お年寄の利用も目立ってふえてきました。
 ・5万冊、10万冊の本を手にとって見、借り出すことができます。
 ・200誌 300誌もの雑誌がそろっています。
 ・本だけでなく、CDやビデオを借りたり視聴したりもできます。
 ・本の貸出冊数が、住民1人当り10冊をこえる自治体も現れました。
 ・図書館利用に障害のある体の不自由な人々へのサービスにも、力が入れられています。
 ・コンピュータによる貸出、図書の検索も行なわれています。
 ・図書館の資料や場をつかう学習も盛んです。
 ・地域に関する資料、毎日作られる資料も洩れなく集めます。
 ・まちのインフォメーション・センターとして、気軽に足を運ぶところになりました。
 ・視聴覚ホールでコンサートを催したりし、ホールや開架フロアで映画会も開きます。
 ・展示スペースをつかって、住民の作品展をひらきます。
 ・喫茶コーナーで談笑したり、読書の合間にくつろぐ姿が見られます。
 ・自動車図書館を回して、まちのすみずみまで本をとどけます。
 ・建物も、開放的で使いやすくなっています。
 ・学校図書館へのサービスにも力を入れています。

 このように、いま図書館はすべての住民のものとして、サービスを拡大し、地域の人々の生活になくてはならないものになってきています。
 宮田町ではいま「図書館を核とする生涯学習拠点施設整備」が日程に上っています。具体化はこれからだとのことですから、ぜひ聞いていただきたいことをこれから申し上げます。いま方々で生涯学習がロにされ、「センター」づくりが華やかです。しかし、私にはどうも「はやりの半纏(はんてん)」のようにしか思えません。かつては通俗教育、やがて社会教育から終身教育へ、そして生涯教育に移り、さらに生涯学習となりました。このような過程で何がどう変わったのでしょう。

 それを考えるのはもう少し先にして、これまでの図書館や公民館について考えてみましょう。戦後、町の役場に勤めた少年の私は、社会教育係をいいつかり、公民館作りをしました。アメリカの占領下にあった時で、アメリカは日本国民の頭を軍国主義から民主主義へと変えていくのに、その役目を図書館に期待しました。しかし当時の図書館人は、戦時中に国民精神総動員や、国民教化のお先棒を担がされた苦い経験から逃れられずにいたのです。民主化の役目というのは、人をあつめてアメリカの映画を見せたり、俄かに民主主義の衣裳を纏った言論人の話を聞かせることです。アメリカでは、図書館が町の文化センターとして、さまざまな活動をするのが当たり前でしたから、日本の図書館人がノーというのは意外だったでしょう。そこで文部省があらたに公民館というものを普及し、社会教育の施設として、占領政策にも応えようとしました。公民館には補助金もついて、数はどしどし増えました。わたしも、ナトコという16ミリ映写機を馬橇(うまそり)に積んで、冬の山奥まで出かけました。そして社会教育法で言っているように、公民館は事業をするところでした。
 この社会教育政策が、文部省の図書館、公民館、そして視聴覚ライブラリーとして町や村まで縦の系列を作り、役人はそれぞれ補助金を抱えて、縄張りを作ったのです。図書館は図書館で発展の道を探り、1950年には新たに図書館法が生まれました。公民館は社会教育法でそのあるべき姿をさだめられましたが、実際には建物を作る公共事業の一つとして、議員の力を入れる対象になりました。いま申しあげましたように、社会教育はやがて終身教育と呼ばれるようになり、さらに生涯教育から生涯学習となってきました。まさに流行語です。この先また新しい言葉が生まれてくるでしょう。役所が旗を振っているとそうなるのです。

  
○ 生涯学習とはなにか

 「学ぶ権利」を考える
 さて、流行語は流行語として、生涯学習とは何でしょう。英語のLifelong Learningの訳ですね。ユネスコは、1985年3月に、パリで成人教育国際会議を開き、そこで「学ぶ権利の宣言」を採択しました。私はたいへん大切な宣言だと思いますが、そのなかで、学ぶとはどういうことか、なぜ学ばなければならないのかを明らかにしています。それらへの理解を抜きにして、公民館の利用を盛んにしたり、生涯学習センターをつくって部屋貸しを広めても、それは生涯学習にはならないのです。
「宣言」では、学ぶ権利とは
    読み書きの権利であり
    質問し、熟慮する権利であり
    想像し,創造する権利であり
    自分自身の世界を読み取り、歴史をつくる権利であり
    教育の機会に接する権利であり
    個人的・集団的技能をのばす権利である。
 と述べています。そして学習活動は、あらゆる教育活動の中心に位置づけられ、ひとびとを、「できごとのなすがままに動かされる客体から、自分の歴史をつくりだす主体に変えていくものである」とも言っています。また、「もしわれわれが戦争を避けようとするなら、平和に生きることを学び、お互いに理解し合わなければならない」ということも言っています。この「平和にいきる」は、ユネスコの最も根本的な精神なのですが、いまこれを書きながら、戦争一色と言ってもいい情勢は、「平和」を求めることがいかに困難なものであるかを思わせます。しかし、学ばなければならないのです。歴史の客体から主体へ、これは自立し自律できる人間への成長を求めているのです。

 
何を学ぶか、学ぶことの目的は何か
 皆さんもすでにご承知かと存じますが、江戸後期の儒学者で、湯島聖堂の学長
にもなった佐藤一斎(1772−1859)という方が、その著書『言志四録』の中でこう言っております。
  少くして学べば、則ち壮にして為すことあり、
  壮にして学べば、則ち老いて衰えず、
  老いて学べば、則ち死して朽ちず。
 いかがですか。この3行があれば、生涯学習について何百頁もの本を著すことは、もはや無駄ですね。問題は何を学ぶかなのです。また、学ぶのは何のためなのか、それを考えずに、お題目のように「生涯学習」「生涯学習」と言っていればいいのではありません。このことは、ユネスコの「学ぶ権利の宣言」がはっきりと示しておりますし、その核心部分は先にお話しました。機会を捉えて、ぜひこの全文を読んでみてください。
 公民館でも、コミュニティセンターでもいいのですが、どこへ行っても、入口を入った所にその日の部屋の利用予約がびっしり書かれています。多くは趣味の集まりであったり、何かの会議に使われたりしています。趣味を非難するのではありませんが、私はその予定表をみて、「はて、これが町民の学ぶなのだろうか」と首をかしげます。

  ○ 「図書館だ!」「公民館だ!」の時代ではない

 そこで、ここからが私の本当に聞いていただきたいことなのですが、もう「図書館だ」「公民館だ」の時代ではないということです。文部省の社会教育局が生涯学習局に変わりました。文部省にはいくつも局がありますが、これには序列があって、いまは生涯学習局が筆頭だそうです。そうすると、県や市町村も、社会教育を生涯学習に変えはじめました。ところが中身は何も変わっていませんね。私は、昔を省みて反省するのですが、役所になぜ社会教育などという部署があるのでしょう。放っておけば町民は何をするか分からないから、役所がちゃんと教育しなければならない。集めて講座を開き、大学教授などを呼んでくる。場所は公民館です。そうして丹念に、日時、テーマ、集まった人数などを一覧にして「年報」を作ります。敗戦後、強制的に民主化を押しつけられていた頃はともかく、もう市民が「集められる」時代は終わっています。どこへ行っても感じるのは、「集まる」町民の時代になりつつあることです。
 そうして、「集まる」ことだけが「学ぶ」ではありません。学ぶのはあくまでも一人一人の市民です。そして「学ぶ」ためには資料や情報が必要です。その中から何を学ぶかを決めるのは、町民自身です。と考えると、仮に生涯学習といえば、まず欠かせないのは町民の求めにしっかり応えることのできる「図書館」ということになりませんか。
 中央教育審議会が出した答申「生涯学習の基盤整備について」(1990年1月)に、生涯学習についてこう言っています。
 ・生涯学習は、生活の向上、職業上の能力の向上や、自己の充実を目指し、各人が自発的意志に基づいて行うことを基本とするものである。
 ・生涯学習は、必要に応じ、可能な限り自己に適した手段及び方法を自ら選びながら生涯を通じて行うものである。
 つまり、学ぼうとする人が、自ら適切な学習機会を選択し、自主的に学習を進めること、そして学習は自発性自主性に基づいて行われることが基本だ、と繰り返し述べているのです。

 
自主的に学ぶものを選び、自発的に学習を進める
 それだから、図書館を核とする生涯学習拠点施設を整備するのだとおっしゃるでしょう。
 生涯学習は、国民が自主的に学ぶものを選び、自発的に学習を進めるのを本旨とする。そのための資料・情報が広くかつ公平に得られ、それを利用し、学ぶ場のあるところとして、図書館こそが中核となるべきものです。図書などの印刷資料と共に視聴覚資料も多種多様となり、ニューメディアといわれるものも加わって、住民の求める資料・情報は限りなく広がってきました。
 このように考えてくると、図書館を核とするなどと回りくどいことではなく、図書館そのものをしっかり作る、そうすれば、統一された、学ぶための<資料と場>として図書館が捉えられるのです。

 
生涯学習を進める上で最も基本的、かつ重要な施設が図書館
 やや時間がたっていますが、「生涯学習社会あるいは高度情報化社会に向けて、公共図書館はどのようにあるべきか」を、1988年2月9日「新しい時代に向けての公共図書館の在り方について」(中間報告)として発表された社会教育審議会社会教育施設分科会報告が詳しく述べています。
 この報告は、<生涯学習・高度情報化の時代>の状況をふまえた上で、公共図書館が持つべき機能と、ネットワークの在り方とに焦点をしぼって検討したものです。
 報告は、公共図書館のあるべき方向として、「公共図書館は、住民の身近にあって各人の学習に必要な図書や資料、情報を収集・整理し、その利用に供するという、生涯学習を進める上で最も基本的、かつ重要な施設である」と強調し、「これからの公共図書館」と題して、つぎのように述べています。
 今後、ますます多様化し、高度化・個性化する生涯学習を援助していくためには、公共図書館は、開かれた図書館としての在り方を一層追及しなければならない。
 公共図書館は、あらゆる人に開かれるべきものであり、資料の収集や提供についても閉鎖的であってはならない。図書館は人間生活のあらゆる面にかかわる資料を収集・提供できる機関であり、生涯学習を援助する上で極めて大きな可能性を持っている。したがって、これからの公共図書館は、生涯学習のための機関としての色彩を一層強く打ち出すべきである。
 また、人々の多様な学習を適時、適切に援助していくためには、多様な資料や情報の収集を行うとともに、新しい情報機器の導入等によりその提供を効果的に行うなどサービスの向上を図ることが重要である。
 生涯学習は本来人々の自発性に基づいて行われるものであり、図書館の利用を促進する条件整備と人々への働きかけを行うとともに、図書館の事業や活動への住民参加の場の確保と自発的参加の促進を図る必要がある。













 これによると、開かれた図書館としての在り方を一層追及すべきこと、生涯学習のための機関としての色彩を一層強く打ち出すべきこと、情報機器の導入によってサービスの向上を図るべきこと、図書館の事業や活動への住民参加の場を確保し、自発的参加を促すべきことなどが大切である、と読みとることができます。
 これらを合せて理解すると、これから大事なことは、何を学ぶかを自分で選び、人に背中を押されたりするのでなく、自分から進んで学ぶこととなるでしょう。そしてその学びのために欠かせないものが図書館であるというのです。
 私はそれを絵にしてみました。

 これは今から20年も前に作ったものです。これを最初に見た人は、「これは公民館のことではありませんか」と言いました。なるほどそうも見えます。が、当時すでにこのようなサービスに取り組んでいた図書館はあったのです。この絵の総てではありませんが、どれかがどこかの図書館で見られたのです。これを公民館だというなら、公民館をそのようにつくり、活動し、住民が自分たちのものとして育てればよかったのです。図書館の人たちも、このような活動に背を向けることなく、図書館づくりを進めるべきでした。そう考えるから、わたしは「公民館だ」「図書館だ」の時代ではないと思い、そう言って来たのです。
 いま、その公民館を衣更えして「生涯学習センター」にしようと言うのでしょう。50年も公民館、公民館と言ってきたために、飽きがきたのでしょうか。いやそうではなく、図書館プラス公民館イコール生涯学習センターという構想でしょう。私もそういうものに幾つか関わってきました。あるところでは、公民館が古くなった、中の図書室は利用が増え、本物の図書館を望む声が大きくなって来た、それならいっそ二つを合せて新しいものにしよう、新しいものなら、名前も今はやりの「生涯学習センター」だ。こういう図式なのです。

 <資料・情報>と<場>の総合と一体化
 町民は、名前がなんだからやって来るのではありません。そこで何ができるか、何が得られるかで、どこへ足を運ぶかが決まるのです。それが、本や雑誌は図書館、それをテキストにみんなで勉強しようとすれば公民館でしたから、二つの合体には意味があるのです。
 しかし、いま考えられている多くの計画は、この2つを近づけるあるいはくっつけるというものです。それでは何も前進にはなりません。この2つを坩堝(かんが・るつぼ)の中に投げ込んで、新しい鋳型に流し込むのです。それを前頁の絵にしてみました。

 資料・情報群を囲んで場のあるところ、これを何と呼んでもいいでしょう。ありきたりのセンターなどではなく、わたしの提案は、21世紀の地域の基本施設です。

 ○ 宮田町の未来を開く最善の道を求めて

 さてここであらためて、図書館奉仕は町の「自治体としての基本的義務」だと言わなければならないでしょうか。これまで申し上げたように、わたしは図書館と生涯学習センターは一枚のCDの裏と表、図書館がA面なら、生涯学習センターはB面なのです。ですから生涯学習センターをつくるということば、図書館を新たに生み出すことと同義なのです。ではどうするのが宮田町にとって最善の道なのか、それをつぎに申し上げようと存じます。

 1)図書館は、住民が必要とし、どのようなものが相応しいかを考え、自分たちで知恵とお金を出してあって始めてきた歴史を持っています。昔々のそのまた昔から図書館というものがあって、そこに私達が集まって町を作ってきたのではありません。つまり、いまこの町にどのような図書館が望まれるのか、それを考えるのは町民自身なのです。まず、計画の中心に町民がいなければなりません。町民、行政、議会、そして必要なら経験のある専門家の知恵を借りることもあるでしょう。このように、図書館づくり(生涯学習センターづくりと言ってもいいですよ)のための計画を生むための組織が必要です。計画のないところからは何も始まらないのです。

 2)つぎにどんなりっぱな組織が組まれても、その人たちだけでは、この町の図書館のありようを決めることばできません。計画をつくるには段階もあるし、時間もかけなければなりません。そして、その時々に、広く町民の意向を反映させる機会を設けなければなりません。いまこれを<ワークショップ>と呼んで、各地でいろいろな試みが行われています。100人集まれば100通りの図書館像が語られます。その中から、宮田町の図書館の姿を求める努力、それが大事なのです。自治体の行政も大きく変ろうとしています。かつては、いつのまにか図書館ができてしまって、「さあ、図書館ができたから、来たい人は来なさい」だったのです。
これからは、町の主人は住民だと言いますが、それをもっともはっきり現すことのできるプロジェクト、それは図書館を措(お)いて他にありません。
 図書館について、住民が声を出す機会をつくるのは町民の役割、静かな声をキチンと吸い上げるべしです。

 3)さて、計画ができました。この計画づくりには当然、専門家としての図書館長が参画している、それを前提にしています。図書館ができれば、その日から大勢の町民がやってきます。いままで見たことも会ったこともない人が来るのです。沖縄の石垣市の図書館をお手伝いしたとき、社会教育課長をされていた方が館長になられましたが、この島の人ならどこの誰かを殆ど知っているはずなのに、どこから湧いて来たのかと思うような、はじめて見る顔がいっぱいやってきたと私に述懐されたのを思い出します。宮田でもそのようになるにちがいありません。そのように不特定多数の町民を迎え入れる図書館長が、しっかり計画に関わらなければ、館長としての責任を果たせないのです。館長は「知の海」をいく船の船長です。誰が館長であるかはきわめて重要です。

 4)計画には、新しいサービスのためにどのような施設が必要か、これが具体的に書かれます。建築計画といわれるものです。50頁にも、時には100頁にもなります。どのような建築が欲しいかを、噛んで含めるように設計者に伝えるためのものです。欲しいスペースの名と面積だけを一枚の紙に書いて、後は建築家まかせ、これもかつてはほとんどそうでした。いまは、計画を公開し、希望する建築家なら誰でも参加できる設計競技や、提案競技などが行われるようになりました。人口が数千人という町でも積極的にその方式をとり入れています。どんな方式をとるかば別にして、大切なのは公正で、広く公開されたものが大事だということです。

 5)そうして建築家が決まると、先に用意した計画に基づいて、トコトン話し合うのです。計画書の求めているところを、設計者にしっかり理解してもらい、町民や行政の求めていることを十分に分かってもらう、そうすればその先は選ばれた建築家のセンスや能力に待つのです。そうして設計ができ上がるまでに、何度となく検討の機会が持たれます。これなしにどうして町民の望む図書館を仕上げることができるでしょう。私の関わった例を思い出してみると、何度も図面が書き換えられるし、一度作った模型も何回も作り替えられるのです。そしてこの図面や模型も公開して、町民の考えを反映させる<ワークショップ>を開くのです。

 6)設計ができ上がると、今度はそれに基づいて建設工事業者が入札によって選ばれます。このような手順を踏んで、はじめてほんものの図書館、そして生涯学習センターが生れるのです。どんな図書館だってかまわないさ、建物だって一円でも安くできるのだったら、ペンキを塗った壁でいいし、まあ見掛けだけは考えてくれよでよければ、わたしは何も言いません。皆さんがそれでいいと言っておられるのに、頼まれもしない心配をして、血圧をあげることはありませんから。

  ○ 図書館が良くなるもダメになるも町民次第
 いま図書館は、業務を民間の会社に委託したり、正職員を減らしたり、図書館の予算そのものにも大鉈(おおなた)をふるわれています。町民の図書館への道にはとてつもない壁が立ちはだかっているのです。それでもいい、私は図書館の近くに住んで、いつでも読みたい本が読めるんだったら、あれこれ言うのは心臓に悪い。そう思っておられる方は大勢います。それは仕方のないことでもありますが、宮田町の町民の中に、それではいけない、図書館に関心を持って、言うべきことを言って、図書館をもっと良くしなければと考える人が必要なのです。そのような、自立し自律できる町民の育つところが、この図書館でもあるのです。
  そして図書館は、未来の宮田町の子どもたちからの預かり物です。立派なものをつくり、それを賢く、健康に育てて、わたしたちの子どもの子どもの、そのまた子どもたちへ、しっかり手わたそうではありませんか。

 ご清聴ありがとうございました。




講 話 2

                  
                     菅原峻(図書館計画施設研究所長)
                                   2005.07.21
 図書館の主人は住民
 皆さんが長い間待ち望んでいた新市に図書館が誕生する、その日が目前となってきました。多分あれよあれよというまに開館の日を迎えられることになるでしょう。私は、1956年に図書館の学校に入り、その後日本図書館協会に勤め、1978年に今の図書館計画施設研究所の仕事を始めました。その以前に北海道の郷里で公民館に勤めましたから、合わせるとかれこれ60年になります。これは敗戦後の60年と重なりますが、長い歳月のようでも、過ぎてみるといっ時のことのように思われます。まして新市の図書館誕生は目前です。
 しかし目前ですけれども、この365日の2倍あるいは3倍の日々をどのように過ごすかに、図書館の命運がかかっています。
 図書館の主人は住民、これが私の信条です。図書館が欲しいと思い、欲しい図書館とはどんなものかを考え、意見や希望を出し、図書館という施設の建設費を出すのもみなさん住民なのです。これまでは、「図書館ができた、さあ、お使いなさい」と言われるのが住民でした。これは図書館に限りません。私は長く図書館に関わってきて、そう信ずるようになったのです。
 新市は、図書館の建設にあたり、市民と共に考え、計画や建設を進めようとしています。このことば、この市の主人は住民であることの表現の一つであり、明日の新市のために大きな意味をもつものと考えます。そのようにして、新しい時代の幕が開く、そうではありませんか。
 
 図書館を待っている3本の道
 ところで、その新市の図書館には、3本の道が待っています。3本のうちのどの道を進むか、それによって、住民の願いが、願ってきた方向で実を結ぶか、それとも願いかあってもなくても同じだったとなるのか、いまそれを考える大切な時にさしかかっています。
 第1の道は、図書館という看板の下がった役所が一つふえることです。図書館とは呼んでいるけれども、中身は役所の一つ。
 第2の道は、公営の無料貸本所ができることです。本はある、誰にでもただで貸してくれる。住民は、貸してもらってありがたい、それで終わりです。
 第3の通が、本物の図書館です。
 役所でしかない図書館、これはわが国の図書館の大半がそうでしょう。どこで分かるか、図書館長が役所の管理職ポストの一つ、そして「図らずも図書館長に任ぜられました」となるのです。なかには「しばらく辛抱しますから、お手柔らかに」などど言う人もいます。これは作り話ではありません。館長がそうですから、司書の専門性などはどうでもよい、図書館の仕事なんて、半年もすれば誰でも覚えてしまうよと言われる始末です。
 無料の貸本所、これも多いですね。図書館長は、司書の資格のある人を借りてきたり、定年退職した図書館長を嘱託として雇う。本が5万冊あるとすると、5万冊なんて一生かかったって読めないんだから、もう本代はいいだろう、財政課長などにそう言われる。しかし、本当は<貸本所>というのは片手間仕事ではできないのです。お客の好みを第一に、良く回転するように品揃えをする。図書館も同じです。しっかり本を選び、町の貸本屋に負けないサービスをしなければなりません。
 では、本物の図書館とはどういうものでしょう。
 ・本をはじめとするさまざまな資料・情報を提供することによって、住民の幸せ
  をつくりだす。
 ・この新市の明日を考えるところとして、町の頭脳になる。
 ・住民が集い、交流し、新しい宮若の文化を生み出す。
 ・そして宮若に生まれ育ち、あるいはここに生活の根を下ろす人々にとって地
  域の求心力となるところ。
 それが図書館です。図書館長は、図書館学の専門教育を受け、経験を積んだ専門家であると同時に、この市の文化創造の先頭に立てる、いわばく文化市長>の役を負える人です。職員については言うまでもないでしょう。
 図書館法の誕生と生涯学習
 ここでちょっと、「図書館法」のことに触れさせていただきましょう。この法律は1950年(昭和25年)、日本がまだアメリカの占領下にあった時代にできました。日本の民主化を考えていたアメリカは、日本の教育を変えよう、図書館を再興しようと、多くの優れた専門かを日本に送り、さまざまな助言をしました。図書館法の制定についてもそうです。
 日本の図書館は、戦時中に国民教化のお先棒を担がされ、読書指導や良書普及を強いられました。中には積極的に協力した人達もいたでしょうけれど、おおくの人は、今度は民主化のお先棒担ぎかと思ったのです。アメリカでは、地域の中心となる文化施設と言えば図書館ですから、アメリカの期待したのは、文化施設としての図書館、そこで民主主義を学び、住民の自主的な活動のできる場としての図書館です。
 そうして、図書館に期待できないのならとなって生まれたのが公民館です。公民館のことは、社会教育法に定めています。公民館は「実際生活に即する教育、学術及び文化に関する事業を行う」のが目的とされています。そうして時代は移り、社会教育は成人教育へ、さらに終身教育、生涯教育へとかわり、いまは生涯学習です。ですから、なぜ生涯学習なのかもよく考えなければなりません。1990年1月、中央教育審議会は、「生涯学習の基盤整備について」を答申し、
 ・生涯学習は、生活の向上、職業上の能力の向上や、自己の充実を目指し、各
   人が自発的意志に基づいて行うことを基本とするものである
 ・生涯学習は、必要に応じ、可能な限り自己に適した手段及び方法を自ら選
   びながら生涯を通じて行うものである
 と述べ、学習者が自ら適切な学習機会を選択し、自主的に学習を進めること、そして学習は自発性自主性に基づいて行われることが基本だ、と繰り返し述べています。
 生涯学習は、国民が自主的に学ぶものを選び、自発的に学習を進めるのを本旨とする。そのための資料・情報が広くかつ公平に得られ、それを利用し、学ぶ場のあるところとして、図書館こそが中核となるべきものとなってきたのです。図書などの印刷資料と共に視聴覚資料も多種多様となり、ニューメディアといわれるものも加わって、住民の求める資料・情報は限りなく広がってきました。
 このように考えてくると、これまで多くの図書館や公民館がそうであったように、図書館や公民館が企画を立て、そこに住民を集めてきたこれまでの<社会教育>は、大きく転換しなければならないのです。住民が集められるのでなく、自主的にプログラムを組み、そこに自発的に集まる時代です。<集められる住民>から<集まる住民>へ。そのために必要な情報を提供し、助言するのが図書館や公民館の働きです。そしてまたこの二つは、統一された学ぶための<資料と場>として捉えられなければなりません。そこに、この度の新市の計画の意味があると私は考えています。
 アメリカの図書館視察の折に訪ねた中に、サンリーンドロ・コミュニティー・ライブラリー・センターというものがありました。まさにその名の通り、ライブラリー(図書館)を真ん中に据えたコミュニティー・センター(地域センター)です。その町では、生涯学習(成人教育)のプログラムは町の成人教育協会が提供し、図書館は資料と場とを住民に提供するのです。私が訪問してからもう何年にもなりますが、「そうか、これが地域の図書館というものなのだ」そう実感しました。ちょうど、図書館に接続してシニアセンターが増築され、そこでは折から老人の集まりが開かれていました。
 そのような経験も含めて、わたしは、図書館の<資料・情報の組織化と提供>と、公民館の果たしてきた<場の提供>の二つの機能は合体するのが本当だと思うようになりました。これまでのように、資料・情報は図書館、場は公民館では、新しい時代の住民の要求には応えられないのです。資料や情報があってこそ学習です。図書館への要求の多様化は、資料への要求の多様化と、場への要求への多様化となり、公民館について言えば、図書室が既に図書館化している現実に現れています。
 そうして、私は図書館のさまざまな機能の中に、<学習・創造活動への援助>を大きく取り上げ、それぞれの地域の人々の要求に合わせて計画を提案して来ました。<場>はまた、集まるためものだけではありません。資料・情報を利用する読書、閲覧のための<場>も、かつてなく多様なものが求められています。そして例え集会のためを主目的とする<場>でも、それは資料・情報群に向かって開かれていなければならないのです。これからの図書館建築を進めるためにどうしても越えなければならぬ峠がここにあるのです。
 
 図書館奉仕と無料の原則
 ともあれ、1950年に画期的な図書館法が成立しました。何が画期的か、それは先ず、図書館の働きを図書館奉仕(ライブラリー・サービス)と捉え、規定したことです。次は、図書館の利用は無料であるという「無料の原則」を確立したことです。後者は、図書館が住民の税によって支えられ、住民誰もに奉仕するものであることから、無料が当然であり、戦前の有料は正面から退けられたのです。これはユネスコの「図書館宣言」でもしばしば明言され、世界に共通する理念なのです。
 図書館法第3条には、図書館はなにをすべきかを8項目にわたって掲げています。その中でいま注目しなければならないことの一つは「学校教育を援助し得るように留意し」とあることです。新市の小学校、中学校の図書館がどうなっているかをご存じでしょうか。学校図書館をどのようにするかに、市としてしっかり取り組むことが望まれますが、それと今度の図書館建設とは固く結びつかなければならないのです。市の図書館は市の図書館、学校は学校、それでは子どもの読書を進めることばできません。
 先に図書館長のことを述べましたが、図書館法では第13条で、「館長は、館務を薯理し、所属職員を監督して、図書館奉仕の機能の達成に努めなければならない」こう言っています。図書館を知らずに職員の先頭に立つことはできないし、図書館奉仕の何たるかをわきまえずに、「機能の達成」に努めることもできない道理です。
 図書館の主役
 つぎに、新しく生まれる図書館について、わたくしの考えを幾つかお話しいたしましょう。
 まず図書館の主役は誰かです。
 主役の第1はお年寄り、これがわたしの主張です。今度の図書館に宮若のお年寄りが何点つけるか。それによって、図書館建設の成否がきまります。お年寄りの考えや感情、これは老年にならなければ分からないし、10人寄れば10通りと言うこともできるでしょう。図書館ができた、行ってみよう、そういって出かけてきたお年寄りが、また明日も来ようと思うか、いや、やはり来るところじゃなかったと言うか、ここが問題なのです。
 私はいま、<私は本は読まないけれど、図書館に来れば私の坐る場所がある>、そういう図書館を願っています。いかめしくハイカラな表情よりも、図書館にはしっとりした顔が欲しいし、玄関を入っていきなり明るい光にさらされるのも感心しませんね。
 江戸後期の儒学者佐藤一斎は、『言志四録』という本のなかでこう言っています。
    少(わか)くして学べば、即ち壮にして為すことあり、壮にして学べば、
    即ち老いて衰えず、老いて学べば、即ち死して朽ちず。
 生涯学習を、これほど簡潔に言ったものを知りませんが、「老いて学べば、すなわち死して朽ちず」はいいですね。お年寄りに、カラオケとお風呂、そしてゲートボールではあまりに寂しいのではないでしょうか。からだの健康だけでなく、こころの健康も大事です。そして図書館はそのためにあるのです。
 主役の第2は、十代の子どもたちです。
 図書館建設の話しになると、学習室を作るか作らないかが、まず議論になります。未だにです。ひと昔前の図書館は、学生や生徒の勉強室でした。その姿を変え、すべての住民のものが図書館、図書館は本を借りるところ、そういう変化を生み出すために、図書館から、極端に言うと座席を追放したのです。しかし十代の子どもたちにこそ本物の図書館を用意したい。やがて多くはこの新市から巣立っていく子どもたちです。図書館で勉強し、読書し、音楽や映像にも親しみ、そして友達づき合いやおしゃべりを楽しむ。多感で多様な生活パターンを持つのが彼らの時代です。その子どもたちを一つの部屋に閉じ込めるのでなく、本に囲まれ、大人と交じって勉強し読書するのです。そんな日々が子どもたちの記憶にしっかり刻まれるようにする、それは私たち宮若の今に生きる大人の責任ではないでしょうか。先日読んだ翻訳物の『図書館の美女』というミステリーの中に、こんな言葉がありました。
    少年が故郷を出ていくことばあっても、少年の心から故郷が出ていくこ
    とはない。
 少年の心から出ていくことのない故郷とは何でしょう。私は、それは「図書館で過ごした日々の記憶」だと思いました。十代の子どもたちにすばらしい図書館をプレゼントしましょう。

 ところで、子どもが学校に入りあるいは十代になってから、さあ読書だ図書館だといっても遅いのです。「子どもの読書離れ、活字離れ」がよく言われますが、本当でしょうか。離れるというのは、くっついているものが離れるのですけれど、子どもと本はもともとくっついていないのではないでしょうか。本好きの子どもは、おなかの中にいる時から作られるのです。生まれてきて、言葉を覚え、お話を聞いたり絵本を読んで貰って、一生を通じる本とのつき合いが始まります。いまブックスクートという運動が拡がっていますが、これがいっ時の試みでは何にもなりません。図書館の基本的なサービスとして、例えばお母さんたちと手をとりあって進めていく、これが大切だと思います。満1歳の誕生祝に、これまで配っていた石鹸を絵本に変えたなど笑えぬ話が現実にありますけれど、乳児から、幼児からのサービスに宮若は本腰を入れるのです。

 テーマのある図書館
 図書館計画に関わっていると、決まって出る話題の一つが、「特色のある図書館を考えて欲しい」ということです。図書館の特色、それは図書館に用意される資料や情報に現れます。奇抜な姿の図書館を作ることが特色にはつながりません。それよりもわたしは、テーマのある図書館、主題を持つ図書館を望んでいます。それは、図書館は何のために存在するかの、根源的な問いにかかわるでしょう。図書館とは何かは、教科書を開けば模範回答を得ることができます。私たちがいま必要とするのはそれではなく、私たちにとって、図書館とは何か、なぜ図書館が必要なのかです。それに住民自身が自分の言葉で答えられるようになることが求められています。
 それには、20世紀はどういう世紀であったのか、21世紀に求められるものは何かを考えるところから、方向が見えて来るように思います。答は住民の皆さんに出していただくのですが、<環境><生命><平和>といったものも、脳裏に浮かびます。宮若の未来は、地球の未来でもあるのです。

 市民の図書館への道
 さて最後に、図書館の建設を成功させ、名実ともに<市民の図書館>を実現するためのお願いを幾つか申しあげましょう。
 図書館の設計は、建築家と施主との真剣勝負によって作られます。施主それは住民ですが、直接には建設室などの建設担当部局です。住民の希望や意見は、今日集まっておられる皆さんの中にも、100通りも200通りもあるでしょう。これを設計に、そして建設に反映させるための一日一日なのです。幸い優れた建築家を得ることができましたら、その建築家と横綱相撲とるのです。それができなければ、建設室は行政の責任を果たすことはできません。図書館の準備に、将来図書館長となる専門家をというのは、伊達ではないのです。

 そして、やがて図書館ができあがります。嬉しい日がやってきます。毎日でも出かけて、本をよみ、おしゃべりを楽しみ、ときには一日を図書館で過ごします。「やれ、嬉しや」ですが、それで終わっては、やがて大きな付けを払わされることになります。図書館を使うとともに、図書館の今に心を寄せ、その日々を見守り、声を上げていく住民が必要なのです。住民はやがて図書館のこよなき友として、この図書館を支えていきましょう。図書館は住民のその手を待っているのです。

 また、新しい新市の図書館は、<宮若の未来の子どもたちからの預かり物>だということを忘れないようにいたしましょう。図書館をしっかり作り、育てて未来の子どもたちに手渡さなければなりません。中身はもちろん建築もです。公共建築が「安かろう悪かろう」の時代ではないと思いますが、しかしどういうわけか、役所の建てる建築は早々と色あせるものが殆どです。図書館は、いつまでも変わらぬたたずまいでいて欲しい。この町で育ち、暮らす人々の記憶にしっかりと刻み込まれ、大切な思い出となる図書館建築を望んでいます。もちろん図書館のありようは時代とともに変わるでしょう。図書館に足を踏み入れれば、10年には10年の、20年には20年の変化があるでしょう。しかし、並木の向こうの図書館は、あの日のままなのです。歳月に磨かれてはいるでしょうけれども。
 その日のくるのを、誰よりも待ち望んでいるわたくしです。


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