図書館はわたしの友だち
〜図書館ワークショップにあたって〜
図書館計画施設研究所長 菅 原 峻 氏
と き:平成12年1月21日(金)19:00〜
ところ:篠山市民会館
こんばんは。
ご紹介いただきましたように、いま、新しい篠山市にどんな図書館をはじめればいいか、その計画づくりに加えていただいて、何度かこちらに来ております。今日は篠山らしいといってはいけませんが、雪の日になりましたけれど、夜分みなさんにお集まりいただいて、どんなにか図書館に期待を寄せていらっしゃるかを、行政のみなさんも僕自身もしっかり感じております。
ワークショップとは
今日は、ワークショップということになっております。最近どこへ行きましても「住民とともにつくる」ということが、流行ではありませんけれど、聞かれるようになりました。図書館についてもおなじです。それで私もあちこちで計画に関わる時に「計画も市民と一緒に考え、一緒につくっていきましょう」と申し上げます。そうしますと「それは分かるけれど、一緒につくるっていうのはどういうふうにするの?」というお話しになります。そこで「こういう方法がありますよ」というひとつがワークショップなのです。
ワークショップというのは、カタカナで意味のよく分からない言葉ですが、集まって自分の考えている図書館、あるいは自分の欲しい図書館その夢を語り合いましょう、ということだと思います。今日は皆さんが後で話し合いをするきっかけになることを、少し申し上げるだけにいたします。皆さんはお話しを聞きに来たのではなくて、お話しをしに来たのですから、そのための時間をたくさんにしたいと思います。
お手元に小さい方の紙で、『登別市新図書館構想21人委員会 新図書館の建設について』というのを差し上げております。篠山へ来て何を話そうかな、どういう筋書きにしようかなと考えているときに、北海道の登別からこの21人委員会報告というのを送ってまいりました。その第1ページに新図書館の建設についてというのがあって目を通してみると、篠山へ来て話そうと思っていることが書いてある。そこで、コピーをそのまま皆さんにお目にかけることにいたしました。
登別は、ご存知でしょうが熱海やこのあたりでは有馬とかが温泉地として有名ですけれど、温泉だけの町ではありません。いろいろな人の住んでいる町で、図書館は既にあるのですが、それをもっといいものにしたい、ということで、市民の要望もありますが、行政の方が市民の意見をどのように図書館の計画に反映させようか?と考えて、市民から公募したり専門家を委嘱したりして、21人委員会というのを作りました。1年かけて10何ページにわたる報告書を出したのですけれど、その頭に書いてあるのが、この6フレーズです。それをベースにしながらお話しをしようと思います。
<図書館をつくる>から<はじめる>へ
最初に、今度篠山で新しい図書館をつくることになりました、と考えておられるでしょう。私はいつも何処へ行っても、話の始めに申し上げるのは「図書館をつくる」と言わないで「図書館をはじめる」と言いましょう−と言います。図書館をつくるというと、篠山にいま本郷図書館がありますけれど、新しい図書館を新しい市にふさわしい形でつくろうというお話ですから、どうしても図書館をつくると言います。ところが図書館をっくると言うと、どういう建物をつくるかということに詰も目も行ってしまう。
市長さんなどが、わが町でもいよいよ図書館をつくることになった、とおっしゃる。つくると言うのは、建物を建てることです。土地を決め予算を取ると、後は設計する建築家を適当に選んで建設を始めてしまう。その結果どうなるかというと、図書館に一番大事な本をどうするのか。今は本だけではありませんけれど、本のこと、それからその本を私達に手渡してくれる本の専門家である司書のこと、そういうことは念頭から消えてしまう。あるいは浮かんでこない。図書館をつくると言うと、建物のことだけ。これはある街で経験をしたんですが、教育長さんでしたけれど、私が計画をお手伝いするのに「とにかく1uでもいいから、隣の町よりも大きいのにしてくれ」と真面目に言うんです。
それから、ある町の図書館が2階建てだったんですね。市長さんが「うちは、3階にしてくれ」というんですね。僕が設計するわけではありませんけれど、計画のときにこう言われるのですね。つまり建物のことだけが頭にあって、その結果、本なしでは店開きできませんから、買うことは買うけれども・・‥・・。いま、篠山で計画しているのは何万冊という規模ですけれども、5万冊の本を仮に用意したとする。そうすると、店開きをした次の年に何と言うかといいますと、「図書館には5万冊も本を買ったんだ。これを一生かけても読めますか」と言うわけですね。毎日1冊ずつ読んでも365冊ですね。10年間で3,650冊、100年毎日1冊ずつ読んでも36,500冊、50,000冊本があればもう十分だ、ということになるわけです。
司書も大事には違いないけれど、役所の職員の1人だから、いっまでも図書館に置いておいては人事が停滞する、ということで3年〜5年もいれば役所の他の人と入れ替えてしまう。館長さんもかつては、図書館を建設する時には国が補助金を出している。補助金をもらうには司書の館長さんでなければ補助金は出なかった。そうすると、他の町の図書館を退職した司書を頼んで館長に据える。据えるのはいいけれど、補助金の会計監査が済んでしまうとお役御免です。そして、次はだれが館長になるか分からない。たまたま見学に行くと、館長さんが挨拶に出るのはいいけれど「図書館にきたばかりで何も分かりませんからよろしく」ということになります。それはすべて「図書館をつくる」と言うことから始まる、と僕は思っています。
それでは何というか。「図書館をはじめる」。例えば、クリーニング屋を始めようとするとなんといいます?皆さんがこれからクリーニング屋をはじめるとすれば「私、これからクリーニング屋をはじめることになりました」と言う。「クリーニング屋作ります」とは言わないのです。「クリーニング屋をつくる」とは、クリーニングをはじめる人に頼まれた工務店の人が言う。クリーニングもサービス産業だけれど、それをはじめるということによって、何が大事かが分かってきます。図書館をはじめるということによって、そこには本をはじめとする様ざまな資料が、きちんと用意される。それが何時行っても、私達の役に立つような状態にきちんと維持されている。その大事さが、「はじめる」をいうことによって分かってくると思います。今度も話の行きがかりで「図書館をつくる」と言ってはいますが、中身は「図書館をはじめる」です。
子どもが図書舘の主役
今度篠山市ができた。篠山市が新しい図書館サービスをはじめる、今その図書館元年に立っている、と考えていただきたいと思います。そこからすべてが始まっていきます。そしてこのように皆さんがお集まりになって、図書館のことを考える。自分たちの希望をふくらませて、大きな期待の中で、図書館の完成を待つことになります。このように大勢の方が集まって図書館のことを考えているのは、図書館の主役はだれであるかということを示しています。篠山市の図書館の主役はだれか。それが市民であることは間違いありません。図書館の主人と言ってもいいのです。そして今度はじめる新しい図書館の、主役の中の主役はだれでしょう。私は子どもだと思います。たまたま今年は『子どもの読書年』ということになりました。まだ新聞に出た程度で「読書年っていったい何?」ということになりますけれど、国会の衆議院と参議院の決議で、今年を子ども読書年にしよう。子供の読書を勧めるために様々な活動をしようということになりました。それを受けていろいろな団体が行事を考えたりしていますが、もしかすると1年を通して催し物がいくつか行われて、年末になって「今年は子ども読書年だったなあ」で終わってしまうかもしれない。その可能性の方が大きいと思います。
篠山市は違います。子ども読書年にあたって、たまたまですけれど「今年は図書館元年、子どもの読書環境をきちんと整える第1年になるんだぞ」ということです。では子どもの読書環境というのは何かというと、まず家庭です。あるいは地域、学校、そして公共図書館、この4つが子どもの読書環境を支える4本の大きな柱です。「子どもの時に本に親しんでおく。生涯を通じて本と友達となる入り口は、小さい時に扉をあける手だてをしなければ生涯本と友達にはなれない」と専門家はいいます。
しばらく前ですけれど、宮城県塩竈市という魚の町がありまして、そこの図書館のお手伝いをしました。市長さんにお会いして話をしました。「赤ちゃんがお乳から離れて、食事の始まりとなる離乳食を肉のエキスで与えると肉の好きな子どもになる。魚のすり身で離乳食を与えると、魚の好きな子になる。塩竈市の図書館はぜひ子どもを大事にする図書館にしてはしい」と私におっしゃいました。先日、宮尾登美子さんの随筆を読んでいましたら、6歳までにどういう育てられ方をしたかによって、その人間の一生が決まると書いてありました。子どもの時に、本当に本に親しんでおくことのできる篠山市にしたいと思います。
私の話はいろいろな人に頂いたものが多いのですけれど、新潟のある市で図書館をはじめることになって、夜に市のみなさんとこのような会合を持って話をしました。市長さんは都合があって夜9時からでないと時間が取れないので「話が済んでから市長に会ってくれ」と言われました。9時から会いました。そのときは市民の会から「私から市長に図書館の大事なことを話してほしい」と言う注文だったのですけれど、話し好きというか話し上手な市長さんで、私はただ座って聞いていただけで何も言わなかったのです。
ところが大いに感心したのが「今この町には図書館がない。これまでもなかった。けれどこの町の将来を考えると、将来を担うのは今の子どもたちだ。その子どもたちが図書館のない町で育っていいはずがないでしょう」と市長さんがおっしゃいました。「図書館のない町で子どもが育つ。その子どもにこの町の未来を預けることはできない。そのために是非すばらしい図書館づくりをしたいんだ。だけど役場の職員で図書館を知っている人は誰もいない」。もう市になっていましたけれど、ついこの間までは役場だった。篠山市と似ていますね。「市会議員も図書館を知っている人は一人もいない」。一人もいないというのは言い過ぎでしょうけれど、私がいくら図書館が大事だといっても、図書館の分からない人の中で図書館をつくるのは大変だ。たまたま市民の中に図書館を考える会というのができて、そこに子ども文庫などをしているお母さんが集まっていましたが、「あなた方が私を支えてくれなければ図書館はできませんよ」といわれた。
後段の話も非常に大事なことだけれど、図書館のない町で子どもが育つなんて考えられない。子どもの時に図書館に親しむ、図書館で読書する、そういう子どもになってはしい。だから、篠山市の図書館は、子どもの読書を一番大切にする図書館になってほしいと思います。子どもの本をどのくらい用意するか、ということが今日の検討委員会の議題になっており、この町出身の河村一夫さんは、子どもの図書館サービスのプロなので、頼りにしております。子どもも非常に小さいときから、お母さんの膝にのっているときに、お母さんやお父さんの話を聞いたり、絵本を読んでもらったりすることがきっかけをつくるのです。
お年寄りも主役
もう一人の主役は誰でしょう。私はお年寄りだと思います。お年寄りが図書館の主役になる時代です。北原白秋が生まれた九州の柳川市で新しい図書館が平成8年に誕生して3年たちましたが、川下りをしながら図書館が眺められるという良い位置に建っています。町の方に、図書館ができてどうなりましたかという手紙を出しますと、返事がきました。みんな喜んで図書館に行っているけれど、押し車を使って、道を歩いているかなりのおばあさんが、図書館に車を押して毎日やってくる。朝9時に図書館が開くとやってくる。そして昼までいる。ただいるだけです。その図書館は、掘り割りの見えるところに大きな窓があり、くつろぎの場所となっている。ソファーが用意されていて、そこに座って一日でも過ごせるようになっています。そこでお昼まで座って、お昼になると家に帰ってお昼を食べてまた出かけてくる。
それから、手紙の中にこうも書いてありました。オープンしたのは夏でしたが、「9時になったら開くのでは暑くてかなわないので、朝7時頃から図書館をあけてほしい」というお年寄りがいる。図書館が出来ても本を読むだけが図書館であれば、そういう人は出かけてこない。図書の館とは書いてあるけれど、今、図書館というのは図書の館だけではありません。この二十一人委員会の中にも書いてありますが、町に住んでいる人が一人の例外もなしに、「図書館は私の友だち、図書館に出かけていけば、本は読まないけれども私の座るところがある」という図書館の時代になってきています。
佐賀県に伊万里市があります。伊万里焼き、伊万里牛や果物で有名ですが、その伊万里に私に言わせると日本一の図書館があります。篠山ができれば、伊万里は日本で二番目になるのだけれど、是非そうなってほしいのですが。あるおばあさんが、度々図書館にやってきては、ただ座っていたり、図書館につけっぱなしのテレビが1台あって、テレビを見ていることもできるけれど、ある時気がつくと子どもの絵本を見ていた。それからまたしばらくすると、ヘッドホンをつけてCDを聞いていた、といいます。図書館の職員が使い方を教えたかもしれないし、孫のような若者がおばあさんに勧めたかもしれません。こういう姿が、図書館は私の友だちという姿です。もちろん仕事を持ったり、家庭にいらっしゃる元気のよい人が図書館のお客さんであることには違いないけれど、わたしたちが今このために図書館をつくるというのは、小さい子どもとお年寄りです。
十代の子どもたちへのサービス
もう一人主役がいます。それは、十代の子どもたちです。中学生、高校生の年代の子どもたちは、今までどうだったかというと、1945年、戦争が終わり5年経って新しい図書館の法律ができて、図書館も新しい時代に足を踏み入れた。しかし、図書館そのものは何も変わっていませんでした。郷土資料のマニアや子どもの勉強部屋か、特別に読書好きの人たちが図書館のお客さんでした。その大部分が十代の子どもたちで、受験勉強をしたり宿題をするところが図書館だったのです。
ところで、昭和40年あたりから、図書館が少しずつ変わりはじめました。図書館はだれでも出かけて行き、自分で本に手を触れて、読みたい本を借りてかえるところ。子どもに勉強するための座席を用意したり、冷暖房を用意したりするのは図書館の仕事ではない。それが昭和30年代から40年代にかけての図書館の変わりようでした。今皆さんはそういう姿に全く疑問を感じないでしょうけれど、大きな変化が訪れたときには、賛成の人も不賛成の人もありました。「貸し出し冊数が何冊なんていうことが図書館の目的ではない。」という人もたくさんいましたが、今まで勉強をするために来ていた子どもたちは図書館に来ても座席がないということで、図書館から追い出されてしまいました。
図書館は本を貸す、あるいは借りるところというのが図書館の基本的な働きです。しかし、図書館の働きはそれだけではありません。十代の子どもたちは、若い大人であり子どもではありません。大人の前期です。むしろ大人の方に続いているのが十代の子どもたちです。その子どもたちに図書館がどのようなサービスをしなければならないかをいま考えています。
だいぶ以前から考えてきて、少し本気で取り組みはじめたのが10年〜15年くらい前です。しかし、実際を見ていると、図書館の取り組みも私は及び腰だと思います。「これからの主役の一人ですよ」というには恥ずかしい取り組みではないかと思います。図書館で勉強をしていいのです。これからは十代の子どもたちの生活のパターンの一つとして、勉強をする、本を読む、おしゃべりを楽しむ。今のおしゃべりも形態が変わってきましたね。形態が変わって携帯電話ということになったんですけれど、携帯電話はおしゃべりの道具です。コミュニケーションの道具ですが、図書館でおしゃべりを楽しむ、あるいは、グループで何かをする、勉強をする、読書もする、音楽を聴いたり、映像を映したり、仲間同士の友だちづきあいのできるところが、十代の子どもたちにとっての図書館だと思います。それにしっかり対応できる図書館を篠山市に実現してほしいと思います。
勉強するというと「学習室をつくりますか」といわれますが、部屋はいりません。本に囲まれて勉強する、図書館の本のあるフロアーで本に囲まれて人がいる、人に囲まれて本がある。本と人とが解け合った関係の場としての図書館がこれから考えられます。例えば、今皆さんがお座りになっているようなテーブルがあるとします。そこで、お年寄りも本を読んでいたり、中学生が勉強していたり、あるいは、お年寄りが絵本をもってきて眺めていたりする姿が目に見えてきます。中学生だけが座って勉強しているのもいいけれど、図書館はいろいろな人がいろいろな場所に自分の好きな席に座って過ごせるという、これが十代の子どもたちへのサービスです。人と本との融合、それから、子どもも大人もー緒に楽しめる施設。これが是非、篠山に実現してほしい図書館の姿です。
アイスランドで見た学校図書舘
私は、93年、95年、96年と続けて北欧に、仲間10人から20人、ある時はもっと多い人数で行きました。96年には、アイスランドへ行きました。皆さんはアイスランドをご存じでしょうか。名前は聞いたことがあると思いますが、ヨーロッパとアメリカの間に大西洋があります。その大西洋の真ん中を、地球の割れ目が海の底を北へ走っていて、北極近くになって割れ目が地上に現れて、アイスランドという島になりました。ですから、コペンハーゲンから飛行機で3時間ぐらいで行けます。アイスランドが北欧の一部だとは考えていなかったのですが、北欧なのです。アイスランドを除いては北欧へ行って来たことにならないので、皆で行きましょう、ということになり行きました。
九州の3倍ぐらいの面積のある独立国です。人口は、28万人ぐらいで、都はレイキャビクです。そこの人口が11万人ぐらいです。アイスランドというのは、しばらく前に、ソビエトのゴルバチョフとアメリカのレーガンが会談をして、そこから雪解けが始まったことぐらいしか知らなかったのですが、アイスランドへ行って図書館を見ることができました。独立国ですから政府があって、文化省の図書館局というのがありました。お願いをしていろいろな図書館を見ましたが、その中の一つに学校図書館へ行きました。びっくり仰天する学校図書館が一つありました。口で話してわかっていいただくのが難しいかもしれませんが、小学校の2階がこのような広い部屋になっていました。皆さん学校を思い浮かべていただきたいのですが、2階へ階段を上がっていきますと、そこが学校図書館になっています。本がいっぱいあって、座席があって、子どもはそこで読書をします。図書館のあちらこちらにドアがあります。そのドアを開けると教室があります。生徒たちは20人くらいが1クラスです。20人ぐらいがいいですね。すてきな教室があって、特別教室もあります。そして、授業が終わって教室を出ると図書館があります。それを見て、「こういう学校図書館ならいいね」と見に行った人みんなびっくりしました。
最近は、オープンスクールといって、教室の壁のない学校があります。日本でも、ある小学校で、靴箱のある玄関の左手の方に、仕切りがない、広いスペースがあり、そこが図書館というところがありました。学校図書館というとたいてい普段はカギがかかっています。昼休みと放課後1時間ぐらいあけるところが多いんですけれど、壁のない学校図書館が日本にも存在します。それを一歩も二歩も超えた図書館がアイスランドにありました。それを見ただけで、アイスランドに来た甲斐があったと思いました。
もう一つ、アイスランドでレイキャビクに着いてみますと、学校が20何校ありました。6才から15才までで、10学年制です。そこには学校図書館センターというのがあります。選んだ本は学校図書館センターが発注して、整理をしたり装備をしたりして、各学校図書館へ配送します。そして、学校図書館センターには職員が6人いましたが、本をものとして扱う仕事をしています。そのほかに、学校図書館の先生方や司書が集まって、「これから図書館をどうしようか」という相談をしたり、施設を改善しようとするときには、相談にのったりしていました。
今、日本でも学校図書館があり、子ども読書年の前から文部省の予算をとったり、学校図書館法が改正されて、少しずつ改善の動きがみられます。それを受けて市民の間にも、図書館への関心が高まってきています。何よりも大事なのは、学校図書館に人が必要です。人のない図書館というのは、子どもたちにとって魅力がなく、何の働きもしないということです。その人も、何をするかというと、わずかばかりの本の整理などを一所懸命やっていたのでは何のための人かわかりません。ということで、ここで話を飛躍させれば、今度、篠山市にできる図書館は、今お話ししたような学校図書館センターのような機能を持てるのではないかと思います。学校は学校、公共図書館は公共図書館という別々の存在では、共倒れというか、せっかく学校図書館を援助しよう、あるいは、学校図書館は公共図書館に力を貸してもらおうと思っていても、お互いに向き合って議論するだけのこととなってしまいます。「この町が子どもの読書環境ではどこにもまけませんよ」というには、もっと具体的な手だてをして、いろんな工夫がいります。
市民が図書館を支える
この町にできる図書館には、大きく期待したいことがいくつもあります。その期待を実現するのが皆さん自身です。市民一人ひとりが図書館の友だちとして支えて下さい。アメリカには、ほとんどの図書館に「図書館友の会」という組織があります。図書館の利用者が集まって友の会をつくって、図書館を動かそうとしています。その友の会のハンドブックを見ていると、『人生と同じように図書館にも友だちが必要です』と書いてあります。皆さんがこれから生まれる図書館の友人として図書館を励まし、支えて、すばらしい図書館の町をつくって下さい。その主役が皆さんです。その期待をお伝えして私のお話を終わらせていただきます。ありがとうございました。
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