
供養塔左側面 |
上写真の石塔の左側面(左写真)に「稲梁不實枯香菌享保十七年壬子年 嘻至癸丑民大死為仲供養??天」とありました。??の部分は、私の力では読みとれません。
意味はよく分からない部分もありますが、享保17年(西暦1732年)の享保大飢饉で亡くなった人々を供養するために、塔の側面に享保20年(1735)旧笠松村の五箇村が建てた塔(下写真参照)と記されています。
これはただ供養する為だけの塔でなく、未来の人々に向かって、食料不足の恐ろしさと、その対策を常々行うことを喚起したメッセージととらえるべきでしょう。
しかし、現在はどうでしょうか。食料自給率40%、つまり食料外国依存率60%!
そのような状況にありながら、飽食時代、農業の疲弊、農村の崩壊、食生活の乱れ、メタボリック症候群に表される成人病の蔓延、青少年の病気やキレなどの多発。明らかに食の負の影響と思われる現象・・・。豊かさの中に、心や体の中は飢饉状態が続いているのではないでしょう。
この供養塔の祈りを感じます。
以上 小方良臣氏からのご教授を参考
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