第55番札所 別宮山 南 光 坊(べっくざん・なんこうぼう)
         愛媛県今治市別宮町3−1 (рO898−22−2916)



ご縁起 今治から船で1時間のところに浮がぶ大三島に鎮座する大山祇神社には
別当寺が24坊ありました。
この神社は、文武天皇の勅願により、伊予の大守越智玉澄が建立したものですが
参詣者の便宜をはかり、その別宮を対岸に移した時、8坊を別当寺として共に移し
ましたが、南光坊はその内のひとつで、その後に弘法大師が、この地に止まられて
第55番の霊場に定められました。

天正年間(1573‐92)長曽我部軍兵火によって堂塔すべてを焼失したが、その後に
最も小さな南光坊が選ばれ復興し、慶長5年 (1600)には藤堂高虎公の祈祷所とし
薬師堂を再建しました。
明治の廃仏毀釈にて、大通智勝如来を社殿から薬師堂に移し、寺として独立しまし
たが昭和20年の米軍の空襲で、大師堂、他わずかの堂宇を残して全てを焼失した
が 昭和56年(1981)本堂が再建されました。
ご本尊  大通智勝如来

ご真言  なむ だいつぅち しょうぶつ

ご詠歌  このところ 三島に夢の さめぬれば 別宮とても おなじ垂迹

宗 派  
真言宗醍醐派
  ↑上(お姿札)下(納経帳:ご朱印)共に画像クリックで拡大します。           

山門(仁王門) 本 堂
大師堂 大山祇神社


南光坊は今治市の中心地にあり、境内には樹木もほとんど見あたらす
建物も新しく、山寺に見る様な幽邃な趣はまったくなく、むしろ普段着の
町の人々も見られる、庶民的な感じのお寺です。
境内には、昭和56年再建のコンク リート造りの本堂が先ず目に付きま
すが、本堂と向い合って、宝形造りの見事な大師堂が建っています。

大師堂と金比羅堂は、戦火を免れた建造物で、とりわけ金比羅堂は古く
文久年間(1861〜1864)創建の歴史ある建物です。
書家として初めて芸術院賞を受賞した、川村驥山(きざん)が四国遍路で
この寺を訪れた際に書いた筆塚が、境内に建っています。
又、南光坊中興の祖・天野快道大僧正(1846〜1923)のもあります。
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